B's-LOG様(10年9月20日 発売号)「車中の問答」
屋敷を出ると正面に車が停まっていた。
が、運転席に座る男を見、思わず顔をしかめる。
「銃を渡せ……。そして、乗れ」
反論は詮無いことと理解した俺は、銃を渡し黙ってシートに腰を沈めた。
◇
車窓から覗く荒んだ夜景が、後方に流れていく。
車内は互いに相変わらずの無言。
自分が口数の少ない方だということは知っていたが、
この男と並ぶと、自分の寡黙さが霞んで見える。
霧生礼司。キングシーザー幹部の一人で、ボスからも重用されている男。
幹部だからと驕ることなく、むしろ目の前の仕事を淡々とこなすストイックな精神性は、
さながら富を得てなお飢えを忘れない、減量時のボクサーを髣髴とさせた。
『今夜豊洲で取引がある。
顔役を一人出せということだが、話がどうもキナ臭い。だからその護衛を任せる』
ボスからの、俺への命令だった。
「その顔役が運転する車に同乗とはな……光栄なことだ」
「……何か言ったか、殺し屋」
一瞥もくれず、隣でステアリングを操りながら呟く霧生。
「別に」
同じく事務的な応答を返す。
車内は、再び車の走行音のみに包まれた。
◇
「――っ、と」
急ブレーキに、睡魔が訪れかけていた頭がシェイクされる。
「おい、安全運転を……」
言いかけ、はっとする。懐に差し込まれた霧生の手が取り出した、その存在に。
「ここでお前を殺すのは造作もない」
停止した車の中、回転式拳銃の銃口が側頭部に当てられる。
「……」
「お前を殺し一人でファミリーの許に帰ったところで、いくらでも言い訳は立つ。
――お前はそのことを考えなかったのか」
「さあ……だがそれがボスの指示でないことくらいは分かる」
あくまで正面を見据えたまま答える。
銃を預けてしまった以上、抵抗しようがないのは明瞭だ。
「……いくつか、質問をしてやろう」
冷ややかな声が耳朶を打つ。
「何故、ファミリーに入ろうと思った」
「……成り行きで」
「成程、後ろ盾が欲しくなったか。或いは金か。
一匹狼を気取り殺しをするだけでは物足りないと?」
「何とでも」
「お前のボスは誰だ」
「俺自身……と言いたいが、今は瑠夏・ベリーニだ」
「言葉だけなら何とでも言える」
「行動で示せと言うのなら、初めからこの問答に意味はない」
対向車の一台もない中、繰り返される問答。
霧生からしてみれば俺が返答を過つのを待つのみで、
俺からすれば機械的な返答を強いられるだけの時間に、おそらく意味はない。
俺達は、今この場では互いを理解し合えない。
故にこの時間に意義はなく、俺達は、ボスから与えられた役割を演じきるしかない。
筋を通し、ファミリーのための行いを積み重ねて初めて、
同じ目的の下に活動する『家族』と認められるのだから。
「最後に問う。お前は、俺達をいつか裏切るな?」
「……俺は薄汚い殺し屋だが、今まで好き好んで不義理をよしとしたことはないつもりだ」
最後までフロントガラスを見つめたまま、言葉を紡ぐ。
鷹のように鋭い羽撃たきを伴った烏が、車のすぐ正面を横切った。
「……ふざけた奴だ。ここでお前を殺せないのが残念でならない」
独り言ち、霧生は銃を――スタームルガー・モデル『レッドホーク』を下ろし、再びアクセルを踏み込んだ。
◇
車を降りると、意外にも素直に霧生は銃を返した。
「引き金を引く時は銃口の向きに気をつけろ。俺はいつでもお前を見ているぞ」
その言葉に何を返そうかと思っていると、霧生は一人で現場に向け歩き始めた。
その姿を、見るでもなく見つめる。
霧生礼司。キングシーザーの忠犬――だがあれは、間もなくその在り方を変えることだろう。
ファミリーに仇なす全てに牙を剥く霧生の本質とは、間違っても忠犬などではなく……
「……狂犬め」
その背中を見つめながら、俺もまた黙って後に続いた。
〜Fin〜
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