Cool-B 2013年1月号 『黄昏のフェリータ』
JJとオレの住むアパートの床を、柔らかな日差しが橙色に照らす。
外は夕暮れ、オレの心境とはまるで大違いな、穏やかな空模様だった。
(まずいな……どこにも、ない…………)
オレは自分の拳銃、ブローニングM1910を見下ろした。
そいつは今、完全にバラされ、おまけに部品が一個足りない……という、非常に困った状態だ。
ドラゴンヘッドが内部崩壊を起こした後、JJとオレは龍宮を離れ、都内のアパートを点々として暮らしていた。
今は生活のために日雇いの仕事を受けている毎日だ。
体力勝負の仕事は身体に堪えたけど、復讐の枷を外してJJと一緒に過ごす時間は……悪くはなかった。
それでも、ドラゴンヘッドの残党が今も、オレを狙っているかもしれない。油断できない状況が続いているのは確かだった。
武器に不都合があっては命に関わる。ブローニングの分解・組立ての訓練は、昔からの習慣だった。
暗闇でもこなせるくらい、自分の手に馴染んだ作業のはずなのに…………
この小一時間、ずっとブローニングの部品のバネ……リコイルスプリングを探しているのに、見つからない。
あれは、発砲の反動による狙いのブレや装弾の時のジャミングを防ぐもの……紛失は致命的だった。
(……もし今、ドラゴンヘッドのヤツらが襲ってきたら……)
ヤツらはどんな手段を講じてくるのか分からない。
窓の外から狙撃してくるかもしれないし、配達業者を装って正面から乗り込んでくるかもしれない。
自分の周りの危険を冷静に考えれば考えるほど、心拍数は上がっていく。
気付くとオレは、懐にしまったサバイバルナイフを何度も確認していた。
(JJは……確かマスターの所に行くって言ってたな……)
JJが、マスターの誘いを断りきれず夜遅くまで長居するのは珍しいことじゃない。
(オレ……何、考えてんだ。これは自分で片付けなきゃいけない問題なのに……)
オレは今までに暗殺者として、多くの命を奪ってきた。
殺意を向けられることには慣れているはずなのに、今のオレは、見えない敵に怯えている。
オレのやっかい事に巻き込みたくないのに、気がつくとJJのことを考え、あいつに頼ろうとする自分がいる。
……そんな弱い自分に嫌気が差してたまらない。
思わず、自嘲じみた笑いが込み上げる。
――ピンポーン――
「…………ッ!?」
部屋に響いた無機質な音に、オレは動きを止めた。
(JJか……? ……いや…………違う……)
鍵を持ってるJJだったら、すぐにドアを開けてくるはずだ。
再び鳴り響くインターフォン。オレは焦る気持ちを抑えて、ナイフを握りなおした。
(……外で待ち伏せしてる様子は、なさそうだけど……)
外の様子を伺った後、オレは音を殺してドアに近付いた。
(もし相手が銃を持っていたら……その懐に入って、喉に一発……確実に先手を取らないと……)
しくじったらこっちが殺られる。自然とナイフを握った手に力が入る。オレは慎重にドアスコープから、外を覗いた。
(え……)
そこにはよく見知った姿があった。
「……JJ……どうしたんだよ……」
チェーンロックを外してドアを開けたオレに、JJは何だかバツの悪そうな表情を向けてきた。
「いや、悪い……寝室に鍵を忘れたのに、後から気付いた」
「…………何だよ、それ……」
ありふれた日常のはずだ。インターフォンが鳴ることも、こうしてJJが帰ってくることも。
それなのに、今のオレはインターフォン1つにビクビク怯え、JJがそばにいることに安堵している。
ガキのように一喜一憂してる自分が何だか情けなくて、JJの目を見ていられなくなる。
「梓、何だか顔色が悪いが、大丈夫か?」
「……何でもないよ、JJ。それよりも、早く中に入れよ」
オレは誤魔化すように笑ってから、JJに気付かれないようにナイフを腰にしまった。
「……お前、部屋でいったい何してたんだ?」
「え? あ……」
部屋の中は、オレの部品探しのせいで扉という扉が開きっぱなしになっていた。
「えっと……掃除だよ、掃除!」
オレはとっさにそう答えた。
「最近、オレもJJもよく部屋を空けてて……ちゃんと掃除してなかっただろ?」
「……それはそうだが……まさか、お前……」
JJは小さくため息をつきながら、椅子に歩み寄る。
そして、座椅子と背もたれの隙間から何かを拾い上げて……
「こいつまでゴミに出す気じゃないだろうな」
「あ……」
JJの手には、オレが必死で探していたブローニングのバネがあった。
「いくらお前でも、拳銃をバラしたまま、部屋の掃除なんてしないだろう」
「………………」
何も答えられないオレの目の前で、JJは組立て途中のブローニングに手を伸ばす。
そして、黙ってバラした拳銃を組立てていった。その手際の良さに、オレは目を見張った。
オレが組立てにかかった時間の半分もかからなかった。
「梓……お前……」
ブローニングを床に置いた後、こっちを見たJJ。その目は、いつになく鋭かった。
「どうして掃除してたなんて、嘘をついたんだ?」
「それは……」
「お前の命に関わることだぞ。……どうして、俺に隠そうとした」
「だ、だって……探せば見つかると思ったし、JJに余計な世話なんて――」
「馬鹿か、お前は……!」
「っ……」
オレはJJに腕を掴まれた。
その有無を言わせない強さに、目の前のJJが相当怒っているのを肌で感じる。
「……お前はこれだからガキのままなんだ」
「…………ガキ扱い、するな……」
思わず言い返したけど、怖いくらいのJJの剣幕に、オレの声は頼りなく震えていた。
「困った時は、すぐ俺に言え。自分を守ることを考えろ!」
「でも――」
「お前が、俺の知らない所で命を落としたら…………梓……」
JJはそのまま、オレの腰に腕を回して……
「俺は……絶対にお前を許さないぞ…………」
苦しくなるくらいの力で、抱きしめてきた。
「……JJ…………」
その強さと押し殺したJJの声は、オレを本当に心配しているのだと教えてくれた。
「…………ごめん……」
恐る恐る、オレは口を開いた。
「……オレさ……これでも少しは強くなったつもりだったんだ。JJと肩を並べて、立てるくらいに」
「………………」
JJは抱きしめる力を緩めない。だけど、オレの言葉をちゃんと聞いてくれているのは、何となく分かった。
「だけど……情けないよな、オレ。……」
「……本当に……お前は仕方のないヤツだよ……」
「え……?」
呆れてしまったのだろうか……オレは思わず、顔を上げた。
それと同時に、JJの手がオレの頬に伸びる。壊れ物を扱うような仕草に、オレはその場を動けなかった。
「つまらない事を悩んでる暇があったら……少しは、銃をバラす精度を上げろ」
「わかってる……結構怖かったから、決まりが悪かっただけだ」
耳の裏を撫でていたJJの手が、首筋にそっと触れ、オレは息を呑んだ。
「梓。お前は追い詰められると、必死にオレに事実を隠す……今もまだ、俺が怖いか」
そのまま頚動脈の上をなぞられる。
ナイフで斬られたら致命的な部位、オレはそこを無防備にJJに晒している。
自分の命を晒しているも同然の状態だ。
まるで、自分の全てをJJに握られているみたいで……寒気にも似た、妙な感覚が背中を駆け抜ける。
「何もかも、必死に隠そうとして…………まったく」
「っ…………わ……悪かったな…………」
何だか気恥ずかしくて、JJの視線から逃げるように目を逸らしてしまう。
「……梓、お前は銃の分解も組立ても速いが、部品の扱いが雑だ。部品が飛んだのも、無理に力をかけたからだろうな」
「そうかも、しれない……」
「あれにはコツが要る。……今度、教えてやる」
「……ああ、そうしてくれ」
「……だから、梓、お前は――」
「あ……んっ…………J、J……」
JJの愛撫に徐々に体が熱を帯びてくるのを感じる。
「俺の前では、誤魔化しも嘘もやめておけ。どうせすぐに分かる」
「ッ…………」
オレは、JJにすがりつきたくてたまらなくなった。今なら……そうしても許されるんじゃないかと、思えた。
「んっ……JJ……っ……」
しがみつくと同時に、JJの手がオレの服の下に潜り込み、わき腹をすべる。
胸の突起を摘まれて、意志と関係なくビクリと身体が跳ねた。
もっと強く、もっと酷くしてほしい……
肌を撫でるような、慈しむような甘い刺激は、今のオレにとってはもどかしく、狂おしい苦痛以外の何物でもなかった。
「……ふっ、素直だな。こんなに物欲しそうな顔をして……」
「んっ……ごめっ…………だっ、て……」
吐息まじりに耳元で吹き込まれ、舌を差し込まれると卑猥な水音が鼓膜を震わせる。
こみあげる熱をどうにかしてほしくて、オレは堪らずJJにしがみつく力を強めた。
「んぁ……JJ……もっと……酷く、して…………ッ……」
「……そんな泣きそうな顔するな。…………加減が出来なくなる」
「ああっ……」
情欲に満ちたJJの目、それに捕らわれた途端、オレは、既にはちきれんばかりに昂ぶっていた自身をきつく握りこまれた。
「あん、うう……あああっ……!」
荒々しい扱き、待ち望んでいた痛いくらいの刺激に、オレは嬌声をあげることしかできない。
裏筋を強く擦られると同時に、強引に指を埋め込まれ、全身に震えが走る。
「こんなに締め付けて……そんなに入れてほしいのか?」
「んんっ……はぁ……! J、J……っく……」
……感じる度に、昂ぶる度に、JJの名前を呼ぶようになったのはいつからだろう。
今でも、過去に自分を抱いた男の姿が脳裏をかすめることがある。
いろんな男に抱かれたオレはもう、昔のオレとは違う。
JJはそんなオレを嫌いにならないのか、怖くなることがある。なのに……
「……どこを、見ているんだ? 梓……」
「JJっ…………んむっ……」
「目を逸らすな…………俺を、見ろ……」
ねじ込むように舌を絡ませてくるJJ。
その目はまっすぐオレだけを見つめてくれている。オレは腕を伸ばしてJJに抱きついた。
どちらのものとも分からない唾液が溶け合って顎を伝い落ちていく。
「……っ……ん…………梓……」
そこにあてがわれたJJのものも、とても熱い。
オレは、次に自分を貫く衝撃と快楽に、思わず身体を震わせてしまう。
「……いくぞ……」
「……うん…………J、J……来て…………」
自然と、JJとオレの指はきつく絡み合っていた。お互いを離さないように。
「んん……あああっ……はっ……」
「くっ…………あず、さ……」
下から一気に刺し貫かれ、中を押し広げられる痛みと飽和しきった刺激に、頭の中が白く霞みそうになる。
「っ……先に、出すなよ……?」
「あうっ……んん……はあっ……JJっ……」
強い突き上げに、悲鳴に近い声しか口から出ない。
「くっ……いいか、梓……」
腰ごと大きく揺さぶられ、頭の奥の芯が溶けそうな錯覚に陥る。だけど、オレは何とかJJの言葉を聞き取ろうとした。
「んあっ……はあ……J、J……!」
「俺はっ……もう、この手を離さない……絶対に……だから、お前も――」
「あああっ……」
……まだ柔らかな日差しが差し込む、黄昏時。JJとオレは何度も抱きあい熱を交わした。
消せない傷跡と背負った過去は、未だにオレを縛りつけ、弱い自分の姿を照らし出す。
だけど、そんなオレをJJは痛いくらいの力で抱きしめ、受け入れてくれる。離さずにいてくれる。
こんなオレでも、JJが求めてくれるなら……精一杯応えたいと強く思った。
ずっとずっと、JJと肩を並べて立っていたい。この手を離さずにいたい。
何度目か分からない快楽の波が全身に押し寄せる中、オレはJJと絡め合った指に少しだけ、力を込めた。
Fin
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